©2018 TIFF
建築会社の社員タフシン(デニズ・ジェリオウル)は、高層住宅の建設ラッシュが続くイスタンブールにウンザリし、逃げ出したい思いに駆られている。ある夜、昔なじみの女友だちのシレン(エズギ・チェリキ)と再会。有機農業のコミューンを主宰する彼女に魅せられ、妻と職場に三行半を突きつけ街を去ろうとするが、行く手をはばむ災難が次々と彼の身に降りかかる。都会人の強迫観念をシニカルに笑い飛ばしてみせたラミン・マタン監督、主役のデニズ・ジェリオウルとエズギ・チェリキ、ユニークな作品を製作したエミネ・ユルデュルムに話を聞いた。
--ジャック・タチの『プレイタイム』(67)をヒントにされたんですよね?
ラミン・マタン監督(以下、マタン監督):『プレイタイム』はコメディというだけでなく、私たちが扱いたかったテーマを先取りしていましたから。時代背景は違いますが、内容はそっくりなんですよ。
--建設ラッシュが進むイスタンブールを舞台にした作品です。イスタンブールは旅行パンフレットでは「悠久の古都」と謳っていますが、今や高層建築ばかりのようですね。
マタン監督:私が幼かった頃は、まだ古都のイメージが強くて、そのおもむきがありましたが、この十数年はこれでもかというくらい大都市化しています。市民に必要なインフラも整備せず、ただひたすら混沌とした都市開発が繰り広げられている。映画に描いたのが今の都市の姿です。
--浜辺でウトウトしてるのかと思ったら、工事現場でサボってる。なんとも人を食った出だしです(笑)。
マタン監督:観客を騙したかったんですよ。避暑地で寝そべっていると(笑)。
--デニズさん演じる主人公のキャラクターが矛盾だらけで絶妙でしたね。
マタン監督:高層住宅の工事にウンザリしてる建築会社の社員で、自分も嫌がっている高層住宅に住んでいる。これは誰にでもある二面性を表しています。タフシンだけでなく、彼が出会うコミューンの人々にも二面性があります。
--デニズさんは矛盾だらけのキャラクターを演じていかがでしたか?
デニズ・ジェリオウル:タフシンはご覧のとおり、自分の生活とキャリアを投げ出すバカな男なのですが、観客が彼の中に自らの愚かさを感じてくれることが肝心で、その部分では苦労しました。私はコメディアンではありませんが、シリアスな役を演じるときでも、何らかのユーモアやコミカルさを役に加えることを心がけています。この映画でも、観客に「この男を理解したい」と思ってもらえるようにバランスを考えました。
--エズギさんは10年ぶりにタフシンが再会するシレン役です。いいこと尽くめの話で、都会の疲れた生活からのリタイヤを彼にうながします。見方によってはコミューンの仲間がほしくて、昔好きだった男を騙したようにも見えましたが?
エズギ・チェリキ:シレンを演じるのはとても楽しかったです。有機農業の野菜をイスタンブールで売ろうとする役で信念があるんです。彼女には、タフシンを騙した気はいささかもなかったと思いますよ。シレンが騙したというよりは、タフシンが自分勝手な幻想を彼女に抱いたんですよ。
マタン監督:南部の海辺には、綺麗なビーチでドラッグやアルコールに溺れたりする、すごく陳腐なイメージがあります。タフシンもそのイメージがあったんです。
--タフシンが辞表を突き付けて街を歩くところで、変な看板がありましたね。「人生の幕開け」「ようこそ」とか。あれはギャグですか?
マタン監督:ロケ先で偶然、見つけたんですよ。あの辺は高層マンションがどんどん建てられていて、家を売りたくて、そういう広告を出しているんです。なのでこりゃいいと映画に収めることにしたんです(笑)。
--携帯電話と車のキーが奪われてから、次々と災難に見舞われます。笑える展開は、すんなりできましたか?
マタン監督:展開は難しくなかったのですが、タフシンが出会ういろんな人たちを、信ぴょう性のある人物に仕上げるのが難しかったです。一見、親切そうなカフェの客とか、ヘアジェルを塗りたがるチンピラ、ヘンな植物でハイになるおばあさんとか。携帯電話を奪われて車に乗れないのは、タフシンにとってはライフラインを奪われたようなものです。このふたつを奪われて、自分が建設してきた街にまだいるというのに、孤立無援になってしまうのです。
--最後に、製作のエミネさんは今回、東京国際映画祭で作品をご覧になっていかがでしたか?
エミネ・ユルドゥルム:本当にうれしく誇りに思いました。5~6年年かけて作りましたが、映画って始めるのは簡単でも終わらせるのは難しいんです。あれもしなくちゃ、これもしなくちゃと、頭がいっぱいになってしまって。細かいことを心配する立場にあるので、全体像が見えていなかったりするんです。だから完成作を見て、本当に幸せな気持ちになりました。
取材・構成 赤塚成人 (四月社・「CROSSCUT ASIA」冊子編集)