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2018.11.04 [インタビュー]
「武術に対して抗っても、必ずしも知識層が勝つわけではないのです」ーーアジアの未来部門『武術の孤児』公式インタビュー

武術の孤児

©2018 TIFF

 
東京国際映画祭公式インタビュー 2018年10月28日
アジアの未来部門『武術の孤児』公式インタビュー
ホアン・ホアン(脚本/監督/編集)
 


 
1990年代後半、中国内陸部の少林寺に近い武術学校を舞台に、国語教師として赴任した青年が体験する風変わりな学園生活を描く。武術中心のカリキュラムのなか、保健室の女医に憧れ、虐められる生徒に心を痛める日々は、やがて大いなる挫折を彼に味わわせることになる。北京電影学院出身のホアン・ホアン(黄璜)監督は、学園ドラマ的な展開に辛辣な風刺を込めつつ、軽快な演出を披露する。登場する生徒たちはいずれも実際の武術学校に籍を置く。
 
――この映画の制作の経緯から伺います。
ホアン・ホアン監督(以下、ホアン監督):8年前にすでに脚本は書きあげていました。若手監督発掘のコンテストのために書いたのですが、残念ながら落選したのです。しばらく温めた状態で、ドキュメンタリーなどを監督しながら別の若手発掘の、国家が主宰するコンテストに応募したところ、今度は採用されました。国から100万人民元の資金をもらい、資金投入をあって製作することができました。
 
――そもそも武術学校というものに興味を持たれた理由をお話しください。
ホアン監督:別に武術に興味があったわけではありません。中国の映画、中国の俳優というと、海外ではカンフー映画やアクションが期待されます。中国にはいろいろな題材があるのに、そればかりを期待されるのは中国映画にとってプラスにはなりません。この作品は武術学校を舞台に撮っていますが反武術の映画です。武術に対して、知識分子が反逆を起こす映画になっています。
 
――あの武術学校は現実にあるのですか?
ホアン監督:中国最大の武術学校で、少林寺から200mくらい離れたところにあります。こうした武術学校は少林寺の近くの河南省登封市には100校くらいあって、何十万という子供たちが武術学校で勉強しています。
 
――武術学校を舞台に、知識層による反武術を描くということですか。武術とは全く関係のない教師が赴任して壁にぶち当たる展開は、学園ドラマのパターンですね。
ホアン監督:確かに、武術学校にあわせた学園ドラマのイメージあるかもしれません。ただ、主人公の先生は知識層の人間ながら、何も変えられないのです。日本の熱血学園ものと違って、彼は結局立ち去るしかなかった。つまり敗者なのです、私はそこを描きたかった。
 
――ブルース・リーやマイケル・ジャクソンの写真も印象的に使われていましたね。
ホアン監督:マイケル・ジャクソンのポスターは、校長の息子の部屋に貼ってありました。校長の息子は特権階級というひとつの記号です。特権階級は世界を知っています。中国に初めてロックを持ち込んだ林彪の息子(林立果)が好例です。校長の息子は特権があるから学校から出ない。そんな屈折した思いを描きたかったのです。
 
――リアルな学園のドラマでありながら、ファンタジックな要素が最後に織り込まれる。監督の狙いがそこに集約されていますね?
ホアン監督:知識人が世界に抵抗する手段として、本を書く方法があります。主人公の先生は、自分でこの世界を変えることはできなかったので、「武術の孤児」という小説を書きます。
誰かが校長を打ち負かして、おかしな体制を壊して欲しい。虐められている子供を逃がして欲しいという願いを込めて書きます。敢えてファンタジックに撮った映像は、先生が書いた小説の内容です。現実を変えられない知識分子がやれることは、小説の中で風刺することしかできません。
武術の孤児
 
――この映画のテーマは、ある意味での知性の敗北ですね。武術は象徴的に権力、力を表しているのですね。
ホアン監督:確かに風刺を込めました。現在、恐らく世界中がそうした状況にあると思います。アメリカではトランプ大統領に対して、インテリは大反対しているはずです。でもどうにもならない。このどうにもならない切なさを作品に込めました。
 
――出演者で、武術学校の生徒たちはどうやって集めたのですか?
ホアン監督:もともと武術学校は武術だけではなく、芝居も教えているのです。この学校を選んで、あらかじめスタッフが生徒たちを選んだのですが、何かしっくりこない気がして。たまたま先生に怒られている生徒が目を惹きました。その生徒を虐められる役、主役に据えたのです。大人たちを演じているのはいずれもプロの俳優です。
 
――ご自身で脚本を書かれていますが、今後も同じスタンスで仕事をされるのですか?
ホアン監督:今後も監督するにあたって自分の脚本でいきたいと考えています。他人の脚本で表現するのも大事だとは思いますが、映画で言いたいことを人にゆだねていいのかという思いが強くあります。もしかしたら、すごく良い脚本家と会えばお願いするかもしれませんが。
 
――この作品は長編の何作目になりますか?
ホアン監督:2本目です。最初の作品が製作途中で資金が止まったうえに、未完成のまま短編として無理やり上映された経緯があります。だから今回の作品は、本当の意味での1本目の長編作品です。
 
――監督を志したきっかけを教えてください。
ホアン監督:子供の時に住んでいた家の隣が映画館でした。親戚がやっていてタダで入れたのです。洪水で水浸しのときでも背もたれに座って映画を観ていました。それで映画監督になりたいと思いました。
当時は『さらば、わが愛/覇王別姫』(93)やチャウ・シンチーの『チャイニーズ・オデッセイ』(95)も映画館で観ました。北京電影学院に行く前に観た映画は、自分を映画好きにしてくれた作品で、その後、映画学院に入ってからの映画は勉強で観た作品です。どちらも影響は大きいです。
 
――映画学院で観た作品で一番影響を受けている作品は何でしょう?
ホアン監督:勉強の流れや自分の成長によって、大きく影響を受けた映画はいろいろありましたが、頂点は黒澤明監督です。もちろん作品も好きですが、生き方も目標にしています。
 
(取材/構成 稲田隆紀 日本映画ペンクラブ)

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