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2018.11.04 [インタビュー]
「中年以降になってからもジェンダーに悩む人々は、実際にもいます」--アジアの未来部門『トレイシー』公式インタビュー

トレイシー

©2018 TIFF

東京国際映画祭公式インタビュー 2018年10月28日
アジアの未来部門『トレイシー』公式インタビュー
ジュン・リー(監督)
フィリップ・キョン(俳優)
 


 
妻子とともに幸せに暮らしていた50歳のダイホンは、高校時代の親友チンの死の報せを受ける。報せをくれたのは、チンの夫ボンド。シンガポール人の彼は、イギリスでチンと結婚したという。チンの死にショックを受けつつ、若い頃から心に秘めていた女性としての性自認に苦しむダイホン。そんな彼の心の葛藤と、香港における性的マイノリティの今昔を描いたのが本作だ。
 
――性的マイノリティ、特に壮年となったダイホンがトランスジェンダーとして目覚める、という難しいテーマですが、ベースとなったエピソードがあったんでしょうか。
ジュン・リー監督(以下、リー監督):トランスジェンダーの方はひとりひとり事情も背景も違いますし、本当にいろいろな方がいらっしゃいます。まずは彼ら、彼女らにリサーチをして、それぞれのストーリーをいろいろと聞いたんですね。この作品は、特定の人の話ではなくて、そのリサーチの中で得た話をまとめたものです。その点ではトゥルーストーリーではなく、私の創ったストーリーと言えますね。
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――フィリップ・キョンさんや、エリック・コットさんなど、香港でも一流の俳優をキャスティングできました。初めての長編映画としては、かなり豪華な顔ぶれが実現しましたね。
リー監督:役にぴったりの俳優を選んだだけのことなんですが、ラッキーなことに実現しましたね。特にダイホンのキャスティングは、いろいろと考えるところがありました。彼は50歳を過ぎてから、自分の性を認めるという役です。
性的マイノリティを描いた映画はこれまでもいろいろ作られてきましたが、若い時代に性自認するという映画が多いですよね。でも、現実的には中年以降になってからも性を自認したり、性別を変更するという人もたくさんいらっしゃいます。たとえば、ハリウッドの名監督ウォシャウスキー兄弟も、今や姉妹になりました。そういった現実を、映画で描いたことがあまりないことに着目していたので私はこのテーマを選んだんですね。なので、そこを現実的にとらえてくれる俳優、そして現実的に見える俳優という基準でキャスティングしました。
フィリップ・キョン(以下、キョン):非常にいい作品に恵まれたと思っています。まず、脚本が非常によく出来ていました。これは商業映画ではなく、内面的なものを取り扱った映画ということも嬉しかった。誰しも心の中に抱いているものの、外に出せない気持ちというのがありますよね。香港のトランスジェンダーという主人公ですが、このキャラクターだったら他の国の方々にも共鳴していただけると思いました。ダイホンを女性としてどれだけきれいにしようかという話ではなくて、夫婦がどうしていこうかというストーリーもまた、共感してもらえるポイントだと思います。
今、結婚生活というものは、どこの国の人であっても非常に不健康な状態だと思うんです。お互いに出したくても出せないものがあって、体裁だけを大事にしている人が多い。ダイホンは、勇気を持って自分の生きる道を見出し、自分のなりたい自分になっていきます。観る人によっては、結果的に悲しい結末になのかもしれないけれども、自分らしくいられる自分になっていくのは非常に共感できました。あまりに共鳴してしまい、撮影終了後に自宅に帰ってからも自分が向き合っている問題のことを考えて、トイレで1時間泣いてしまったほどです。こういうことはめったにありません。じつは、私は撮影中ホテル暮らしをしていたんですよ。
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――それはまたどうして?
キョン:役に入り込んでしまったときの気持ちや感情を、家に持ち帰りたくなかったんです。昔はそういう気持ちを持ち帰ってしまって、まだ役の自分が体の中にいる状態で家に帰ってしまったことがあったんですよね。今回は脚本を読んだ時点から、かなりヘビーなことになることは予想できたので、敢えてホテル暮らしをしていたんです。だけど、それでも家に帰ってから泣いてしまうほどだったんですよ。
 
――その大げんかシーンの火種となるカラ・ワイさん演じる妻は、もっとも理解を示すべき存在なのに、もっとも保守的な考えの持ち主として描かれるのが皮肉ですね。
リー監督:皮肉のつもりではありませんでした。なぜなら彼女が敵かというと、そうではないんです。確かに彼女は、京劇という中国文化をたしなんでいる女性なので、前衛的、進歩的なものや考えに反発する傾向があります。夫が性を変えるということを理解できなくて、それを受け入れられない。だけど理解できない彼女自身も同情されるべき立場であるということを、映画の中では出したかったんです。
そうやってグチャグチャになった時に、関係が悪かった息子と、関係が良くなるじゃないですか。だからそういう意味で、どういう立場の人にも救いがある、どういう人も尊重されるべきであると。実際、現実の社会にもそういう人たちがたくさんいると思います。
 
――実際のところ、以前と比べて香港での性的マイノリティの立場はどうなんでしょうか。
リー監督:ちょっとずつではありますが、だんだん開放的になってきていますね。私自身、性の問題には非常に興味があって、大学では性別研究哲学というのを専攻しました。また、「家庭」もテーマにあります。私たちの住むアジアでは「家」がひとつの単位じゃないですか。トランスジェンダーだけを取り上げるのではなく、それに対する他の人たちの反応とか、そういうものも取り上げたかったんです。
今の社会の中では、これはやっぱり考えるべき問題だと思います。だからこそ、この作品は、映画好きな人たちだけでなく、みんなに興味を持って見てほしいです。自分たちが育った時代よりも性的マイノリティのあり方は、社会的にどんどん受け入れやすくなってきているので、この調子でいってくれればいいと願っています。
キョン:トランスジェンダーの人達と会う機会があったんですが、ストレートの人となんら変わらぬ普通の人達です。だからこそ、変な目で見ないでほしいと思っています。自分が自分らしくいられるよう、楽しく生きられるように、その道を選んだというだけのこと。彼ら、彼女ら自身はそのように非常にシンプルに考えていて、ストレート社会においてマジョリティと同じ生き方をしたいと願い、勇気を持って暮らしています。そんなメッセージがこの映画には込められていると思いますよ。
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――ちなみに、この作品でもっとも救われるシーンが、ランカイフォンのゲイクラブに繰り出すシーンだと思いますが、いかがでしたか?
リー監督:楽しかったですね(笑)。実際にランカイフォンのバーの中と外でロケをしました。
キョン:あのシーンは街中でのロケ撮影の最初のシーンだったんです。ものすごい繁華街なので、道路封鎖をしたりでとても大変だったんですが、ダイホンが初めて女性装で表に出るところでもあるので、非常に重要なシーンでもありました。
 
(取材/構成 よしひろまさみち 日本映画ペンクラブ)

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