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コンペティション部門『
三人の夫』フルーツ・チャン(監督)、クロエ・マーヤンさん(女優)インタビュー
人並外れた性欲に苦しむ女性を救うために、父親は年老いた漁師を夫にして、彼女に客を取らせる。彼女に恋をした青年も彼女の性欲に抗しきれず、客を取ることを認めざるをえない。香港インディペンデント映画の匠、フルーツ・チャンが『ドリアン、ドリアン』(00)、『ハリウッド★ホンコン』(01)に続き、17年ぶりに発表した「売春三部作」の完結編。ユーモアと辛辣さがちりばめられたチャンの語り口のなか、主演のクロエ・マーヤンの存在感が際立つ。
――この作品の製作までの経緯を伺います。
フルーツ・チャン監督(以下、チャン監督):シャン・サという小説家の作品に、水上生活をしている娼婦の話がありました。そこからヒントを得て18年前に準備をしたのですが、結果的にヒロインが見つからなかった。さらに当時は、船の中の撮影が難しく、諦めたのです。ようやく女優も見つかって、機は熟したということで撮りました。舞台となる大澳という地域が18年前も今も変わっていないので、ここで撮ることにしました。
――この作品は監督の「売春三部作」の3作目ということになっていますが、17年経っても成立すると考えたわけですね。
フルーツ・チャン監督
チャン監督:時間が経ったことで、当然内容も変化はしていきました。03年に、小説の舞台になった長江、揚子江でロケハンもしましたが、どうもこれはちょっと雰囲気が違うと思い止めました。内容的にも夫を三人に変え、病気で肉体を売る設定にしました。
――いわゆる人魚伝説が作品に織り込まれていますが、伝説を意味するところが香港だと解釈していいのですか?
チャン監督:性欲が強いという病気をどう扱うかに悩んだとき、一部のインテリしか知らない人魚伝説を彼女の病気に絡めて、香港の象徴にしようと思い至ったのです。結果的に少し中途半端かもしれませんが、香港の歴史の象徴として組み込みたかったのです。
――女性と三人の夫たちは今の香港を象徴していると解釈してもいいのですか?
チャン監督:経済発展をした国際都市、香港においても、低下層の人たちの生活は苦しいままです。描きたかったのは、医者にも連れて行けない低下層の姿です。病気も治しようがない、医者へも連れていけない境遇のなかで、性欲に苦しむ女性の円満的な解決を類推していきました。
ラム・キートーさん
ラム・キートー:人魚伝説は、香港を象徴した歴史的なものです。香港はもともと水上生活をメインにした漁港でした。それが経済発展とともに、みな陸に動きました。ただ低下層の人たちは、陸の生活に慣れない。結局、大澳の水上生活に移動し、最終的に船に戻っていった。歴史が流れても、香港はもとに戻っていくということです。
――クロエ・マーヤンを主演に起用した経緯を教えてください。
チャン監督:十数年前に紹介されましたが、一緒に仕事はできませんでした。「三人の夫」を撮ろうとしたときに再びお会いしました。この役に合うと思いましたが、内容が内容なので彼女に確認したところ快諾してくれたので、彼女に決めました。
――役のために太らないといけなかったわけですが、苦労しませんでしたか?
クロエ・マーヤンさん
クロエ・マーヤン(以下、マーヤン):14~15キロ増やしました。太らなきゃいけないっていうことで、食べることしか考えていませんでした。ジャンクフードをいっぱい食べましたよ(笑)。
――監督から演技やキャラクターに対しての指導はありましたか?
マーヤン:ちょっと太ってくれというくらいで、特別な要求はありませんでした。ただ、娼婦というキャラクターを演じるにあたって、心も意識も“空っぽ”にしてほしいといわれました。
――絡みのシーンが多いのですが、監督は彼女に対してどう指示したのですか?
チャン監督:脚本段階で、どう処理しようかと話し合っていました。ただ、どんな処理をしようと女優がOKしなければ撮れません。幸いなことにクロエは、私の要求はすべて受け入れてくれました。香港の道徳観念からすれば大変だったと思いますが。それを突き抜けないとこの作品はできませんでした。
――近年は毎年1本ずつ監督されていますね。
チャン監督:インディペンデント体制だと、お金が入ってこないし、食べていかなきゃいけないので、しばらくCMの監督やプロデュースをしていた時期がありました。その間も題材、いいテーマはないかといつも探していました。インディペンデントだとテーマがあっても、何か事件がなければ題材にはならないという気がしていましたから、作品を撮らずにいたのです。ちょっと疲れていたのかもしれません。ただ自分としても驚いたのが、10年という歳月の速さです。あっという間に10年経ってしまいました。
――それから14年の「ミッドナイト・アフター」を監督されました。
チャン監督:ネット小説が原作でした。ただ、商業的な部分だけでは自分の作品ではないと考えて、ホラー要素を入れた演出にしました。
――香港を一貫して見つめてこられたわけで、今後もそういう姿勢は崩さずに、作品に反映させていきますか。
チャン監督:本当はそうしたくても、香港を題材に作品をつくり続けるのは難しい部分が出てきました。いいストーリーがあればこだわりなく撮ろうと思いますが、やはり自分の思いは香港にあります。香港をベースにして撮れる作品があったら引き受けたいと思っています。
――香港は変わって良くなっていますか?
チャン監督:経済的には間違いなく発展しました。良くなったと思っています。でも長年の問題ですけれども、例えば、家賃が高いといった問題はあると思います。歴史的に見ると、これはもう構造上の問題ですけれども、香港は誰が上に立っても、立った人によってそれぞれ変化は必ずあると思います。変わっていくとは思いますけれどもどうなりますかね。
(取材/構成 稲田隆紀 日本映画ペンクラブ)