©2018 TIFF
パレスチナとイスラエル将校が恋に落ちる昼メロ「テルアビブ・オン・ファイア」が人気を博しているなか、パレスチナ人のADが毎日通っている検問所の主任から脚本のアイデアをもらったことで、思いもよらない事態がふたりに訪れる。脚本づくりで育まれる友情を紡ぎながら、イスラエル、パレスチナの複雑な情勢を笑いと皮肉で包んで描き出す。パレスチナ人監督、サメフ・ゾアビの才気溢れるストーリーテリングが好ましいコメディ。
--この作品をどのように形作られていったかを教えてください。
サメフ・ゾアビ監督(以下、ゾアビ監督):私の最初の長編映画『Man Without a Cell Phone』(10)はコメディでした。いかにパレスチナ人が苦労しながら、イスラエルに住んでいるかを描いたのです。政治的なメッセージも、キャラクターも物語も好評でした。同じスタイルで次の作品も撮りたいなと思いました。
--パレスチナとイスラエルの問題は、今もヒートアップしていますね。
ゾアビ監督:パレスチナとイスラエルはそれぞれが強い意見を持っています。コメディに仕立てることはリスキーだし、偏ってしまったら危ないことになってしまいます。さまざまな人にアドバイスを受け、いろいろな意見が出され、聞くだけで疲れました。その時に閃いたのです。この状況をストーリーにしたらいい。いろんな人から意見を言われ、困りぬくクリエイターの物語を思いついたわけです。
--過激になりすぎない、ギリギリのエンタテインメントとしてストーリーをどのように構築されたのですか?
ゾアビ監督:キャラクターを大前提にした成長物語を核に、物語を考えました。例えば、昼メロの製作という設定はありましたが、政治的な内容にするのは後から付け加えたことです。改稿するたびに少しずつ政治的なものが加わり、私自身の政治的な考え方も成長していきましたが、キャラクターを面白くすることに心を砕きました。
--登場人物は市井にいる普通の人ですね。
ゾアビ監督:パレスチナとイスラエルの問題は白黒がはっきりしていて、体制に反対している人たちも、押し付けようとしている人たちも凝り固まっています。この体制で、普通に生きている人を描きたかったのです。
--主人公は、毎日検問所を通らないといけない設定です。監督自身も同じ体験をされているのですか?
ゾアビ監督:日常的に行き来しています。パレスチナ人にとってもあれは日常茶飯事。特にウエストバンクに住む人は時々、検問所で通過できないことも起こります。パレスチナ人のなかには、あれだけ海に近いのに見たことが一度もない人もいます。大きな牢獄のようなものです。
--ヤニブ・ビトンさんは検問所の所長役ですが、どんな印象を受けられましたか?
ヤニブ・ビトン(以下ビトン):検問所は、検問する側もされる側も、ない方がいいと考えています。ただ、この作品の設定では、所長と主人公の出会いの場になりました。通常と違ってお互い話し合う、目と目を見て話す、そして一緒に何かをやる、一緒に脚本を書いていく、そういった共同作業をすることは普通は考えられません。そうした出会いを描けたことが、いちばん嬉しかったですね。
ゾアビ監督:もうひとつ付け加えると、あのふたりの平等の関係性をアピールしたかったのです。ふだんは検問する側とされる側、決して対等ではありません。それが、私たちに押し付けられたオスロ合意(93年にイスラエルとパレスチナ解放機構の間で同意された協定)だと思います。この作品では、ふたりは脚本を書くという状況になって、初めて目と目を合わせて話し合うことができます。イスラエルから強制的に合意させられたものでは何の解決も見いだせないという思いを込めました。
--ヤニブ・ビトンさんを起用した経緯を教えてください。
ゾアビ監督:彼は「ユダヤ人がやってくる」という人気コメディドラマに出ています。ユダヤ人の歴史を描いてすごく面白いのです。起用した理由は、すばらしい演技者であるからです。もちろん期待通りでした。
--描かれるテレビのソープオペラは、イスラエルで放映されている番組という設定ですね。
ゾアビ監督:あの設定はフィクションですが、以前、アラブの国、エジプトのテレビドラマが放映されて人気を博したことがあります。パレスチナ人は、イスラエル人が自分たちをヨーロッパ人だと思いたがっていると指摘します。イスラエルはアラブ諸国に囲まれていて、アラブの文化も知りたい一方で、ヨーロッパ人と自負しているのです。
ビトン:イスラエルではエジプトの国民的歌手が人気で、アラブの映画も見るしアラブの食べ物も食べる。それが僕は平和への鍵だと思います。イスラエル人が自分たちの立場を認め、アラブも認めればいいのです。
ゾアビ監督:この作品のように、アラブ人とイスラエル人が一緒に脚本を書くことは、今はまだ現実ではありません。だけども常に、そうありたいという願いが心の中にあります。
--どういう経緯で監督の道を志されたのでしょうか。
ゾアビ監督:何かメディアに携わりたいとは思っていましたが、映画監督を目指していたわけではありません。最初に短編を撮ったときに、1回限りでいいと思っていたらカンヌで受賞してしまった。だからなんとなく辞められなくなってしまいました(笑)。最初の長編は、「ドラメディ(Drama+Comedy)」と言われました。何かの間違いでコメディになったと思われたのですね。私は「ドラメディ」世界を常に求めています。先日、『パラダイス・ナウ』(05)の監督、ハニ・アブ・アサドから脚本を頼まれて書きました。ガザ地区の歌手の話です。
--監督はイスラエル映画界に与されている感じなのですか?
ゾアビ監督:私はイスラエルに住むパレスチナ人。パスポートはイスラエル人です。イスラエル人もパレスチナ人も一緒に描かないと、作品は現実的なものにはなりません。一概にパレスチナ人がみんな同じではありません。
(取材/構成 稲田隆紀 日本映画ペンクラブ)