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2018.10.19 [インタビュー]
「恋愛も人生も答えがないから魅かれるんです」 第31回東京国際映画祭コンペティション出品作『愛がなんだ』 今泉力哉監督スペシャルインタビュー

今泉監督はもはやTIFFの顔といえよう。『サッドティー』(14)『知らない、ふたり』(16)『退屈な日々にさようならを』(17)の3作が日本映画スプラッシュ部門に選出され、昨年、『パンとバスと2度目のハツコイ』(18)が特別招待作品で上映されている「答えのない愛のかたち」を描いたオリジナル脚本による恋愛群像劇は、一度観たらやめられない、クセになる味わいで、じわじわとファンを獲得してきた。
 
はじめてコンペティション部門に選出された本作は、直木賞作家・角田光代の同名小説を原作とする作品。自分以上に、片思い相手のマモちゃんが大好きなOLテルコ(岸井ゆきの)を主人公に、マモちゃん(成田凌)、大人びた友だちの葉子(深川麻衣)、葉子を慕う頼りなさげな仲原(若葉竜也)が交錯し、各人の愛の「決断」が描かれる。自然体の演技で軽妙に進行するが、原作の要素をデフォルメしたり、映画独自に人物の内面に迫った場面もあり、いちだんと感極まる仕上がりになっている。4人の好演はもちろんのこと、江口のりこ、片岡礼子、筒井真理子ら脇役の存在感も見逃せない。
 
監督は伊坂幸太郎原作の『アイネクライネナハトムジーク』(公開は来年秋の予定)の撮影を先に終え、小説の映画化はこれが2作目。果たして、モト冬樹主演の『こっぴどい猫』(12)で、第12回トランシルヴァニア国際映画祭で最優秀監督賞を受賞して以来の快挙となるか。ワールドプレミアの反響が楽しみだ。
今泉力哉監督スペシャルインタビュー

©2018 TIFF

 
 
―― 5回目の応募で、晴れてコンペ部門に選出されました。いまはどんなお気持ちですか?
今泉力哉監督(以下、今泉):凄くうれしいです。日本映画スプラッシュに選出されて知り合った、松居大悟監督や深田晃司監督が先にコンペに選出されていたので、「ようやく同じ舞台に上がれた」というのが実感です。
 
―― もっぱら、オリジナル脚本の恋愛群像劇に取り組んできましたが、これは角田光代さんの原作物です。
今泉:原作物は短編小説じゃないかぎり、内容を縮めていく作業になる。物語を削る作業になるため、取捨選択の難しさがあります。それから同じ終わり方にするか、映画なりの解釈を加えて、新たな終わりを提示するかという問題もあります。そのへんは原作ファンもいるし、映画ならではの面白さも損ないたくないから、バランスをかなり意識しました。
 
―― 一方通行的な愛を抱くテルコと、テルコを便利屋のように扱うマモちゃんという、両極端な男女の恋物語です。ふたりのどんなところに惹かれましたか?
今泉:自分の方を向いてない相手を、互いが追いかけている部分です。テルコはマモちゃんが好きで、マモちゃんはすみれさんに魅かれていて、テルコには興味がない。オリジナル脚本の恋愛映画で、好きでいることの熱量がここまで高い人物は描いたことがなかったので、それぞれ好きな人がはっきりしているというのは、凄く魅力的でした。
 
―― 今回は『シェル・コレクター』(16)など、原作物の脚色を手がけている澤井香織さんとの共同脚本です。
今泉:澤井さんがベースになるプロットと脚本を書いてくれましたが、これまで手がけてきた恋愛劇と同じ方法論が使える部分もあって、自分で書いたシーンもあります。一緒に話していくうちにストーリーができた感じですね。テルコがちょっと行きすぎたりする男性の嫌がる描写は、やっぱり女性はうまい。あんまりポップだったり、テンポよくというのは書いたことがなかったので、そのあたりも助けられました。
 
―― 岸井ゆきのさんが全篇ほぼ出ずっぱりで、一途にマモちゃんを愛して、煙たがられるテルコを演じています。どこまでも演技が自然で、冷たくされて目が凍りつくところなど、観ていて胸が痛くなりますが、何か特別な演出法でもあるのでしょうか? 
今泉:役者を演出するのに、「このシーンはこんな感情で、こういう表情で」という明確な指示はあまりしません。まず演じてもらい、演技にこめられた感情を理解し、腑に落ちなければ、お互いにその役をどう考えているか話し合います。明らかに違えばダメ出ししますが、基本は役者に任せています。監督だからといってひとつの答えを持つと、それをさせることに目が向いて、役者のアイデアを殺してしまう。なので、こちらの意図がバレないように振る舞うとか、脚本上の方向性がある明快なシーンは事前に理解を共有しますが、それ以外は段取りの段階で演技を見せてもらって判断します。
 
―― 岸井さんのアップから始まる冒頭は、塞いだ気持ちが歓びに変わるまでを1ショットで捉えていて、表情や声のトーンの変化に引き込まれます。
今泉:あれは撮影の岩永洋さんのアイデアです。狭い絵から始めて、カットを割って、テルコがどこにいるか示すつもりでしたが、「象徴的に1ショットで撮ってみては?」と提案されて、長年一緒に組んできた岩永さんのセンスに任せました。冒頭を狭い絵で始めたのは、テルコの一方通行的な愛を狭い視野で表現したかったからです。
 
―― テルコがマモちゃんのアパートに駆けつけて、中に入る前に手ぐしで髪を整えます。細かい演技のディテールは監督の指導ですか?
今泉:あれは岸井さんのアイデアですね。最初からあのように演じていました。走ってきてすぐに呼び鈴を押したら、「一呼吸置いて」と指示したかもしれませんが、何も言わずともやってくれました。
 
―― マモちゃん役の成田凌さんはふだんポーカーフェイスだけど、笑うと非常にチャーミングですね。
今泉:マモちゃんに関しては、理由があって人を嫌うときもあれば、たいして理由もないのに冷たくなったりする。そういう普通の感覚を大事にしました。観客が「この人、何なのだろう」と思うような距離感でちょうどいい。その一方で甘えるなど、テルコが好きになるだけの、性格的な魅力を引きだそうとしました。何度も指示したのは、どんなに甘い場面でも目は死んでいてほしい(笑)。ベッドシーンでマモちゃんがテルコの足を蹴りますが、その直前の空気から判断すると、普通に芝居をやれば、いちばん感情がアガってしまうところです。でも、「棒読みみたいな感じでいいですか」と成田さんがアイデアをくれて、それがこの場面にうまくはまった。芝居っぽくなりそうな箇所をどう自然に見せるか、岸井さんも成田さんも、真剣に考えてくれました。
今泉力哉監督スペシャルインタビュー
 
―― 原作を尊重する一方で、テルコの周辺にいる人たちの話を膨らませて、しだいに群像劇風な様相を帯びるところに、本作の醍醐味があります。特に独立独歩的な葉子と、葉子にあえかな恋心を抱く仲原(原作ではナカハラ)の存在は際立っています。
今泉:このふたりの行く末をどうするかは、脚本の段階でかなり真剣に話し合い、幸せの予感を描いてもテルコの存在は際立つんじゃないかと考えました。葉子役の深川さんとは『パンとバスと2度目のハツコイ』で組んで二回目ですが、仲原役の若葉さんとは初めてご一緒しました。
 
―― この映画を観た人はみな劇場を出たら開口一番、切なくなって、「幸せになりたいっすね」という仲原のセリフを口マネしたくなると思います。それほど、若葉さんの演技には感情を揺さぶるものがあります。
今泉:若葉さんは素晴らしかったですね。この作品で話題になりますよね、多分。仲原は「幸せになりたいっす」が口癖のキャラにしようと徐々に固まっていきました。山下敦弘監督の『どんてん生活』(01)に、大晦日から正月を迎えて、妙に駄目そうな主人公が「幸せになりたい」というシーンがあって、原作の大晦日の場面を読んで同じことがやりたくなった。一種のオマージュです。
 
―― あのセリフはたしか原作にありませんが……
今泉:僕が足したセリフです(笑)
 
―― もうひとつ原作との違いをあげると、旅行に行くのを3人から4人にして、物語に深みを与えています。
今泉:原作の旅行ってびっくりするくらい短くて、展開がない。旅行の場面を撮れば絵になるけど、行くからには何らかの進展がほしい。3人じゃ話を膨らませにくいと考えたとき、仲原がいた方がテルコも旅行に行きやすいだろうと思いつきました。最初は、マモちゃんとすみれさんが酔いつぶれて添い寝してるのをテルコが朝目撃し、仲原がテルコを庇ってなぜかワインのボトルを一気飲みして、救急車で運ばれる展開を思いつきました。でもそんなに激しいシーンにしなくても、と練り直し、仲原を反面教師にして、テルコとマモちゃんの関係性が透けて見える展開にしました。
 
―― 後半は言い合いの場面が続きます。葉子とテルコの言い合いも映画オリジナルです。
今泉:原作の葉子はテルコのことを心配して、ずっと傍にいる人ですが、映画ではテルコと対立する場を作りたいと考えました。テルコの味方を減らしたかった。1対1の言い合いにするか、仲原の前でやるのかを探っていて、脚本を書いている最中にアルモドバルの『トーク・トゥー・ハー』(02)のように、終盤はテロップを入れようと考えつき、1対1にしました。
 
―― 議論の場面が続くと、どれだけ白熱しようと、観ている方は疲れてきますし。
今泉:そうした中だるみをどう防ぐかという、過去の自分の映画からの反省もありました。それで音楽や編集、カット割も抑えるかわりにテロップを入れ、人物間の対立を鮮明にしました。
 
―― テルコがマモちゃんに思いがけない決断を告げる場面は、フィックスによる8分間の長回しです。一見、日常的なしぐさが続いているだけなのに、微妙なセリフや表情のやりとりから、ふたりの関係が決定的に変わってしまうのがわかる迫真のシーンです。
今泉:『パンとバスと2度目のハツコイ』でも終盤、3人の人物が入れ替わり画面を出入りする長回しを映画的にうまくやれたので、自信はありました。フィックスの1カットにしたのは、この場面は、主役のふたりに意識を集中させたかったからです。これを撮影したのは最終日で、岸井さんと成田さんの芝居に対する信頼もありました。段取りが終わって、助監督さんから「カットを割りますか?」と訊かれて、「割ります?」って。それで、昼休みを挟んでゆっくり撮影しました。テイクも大して重ねていません。たしか2回でOKを出したんじゃないかな。
 
―― あの長尺が2回でOK?
今泉:……でしたね。セリフもいくつかは違ってはいたんですけど、観客が気づくほどの違和感はない。それに何回もテイクを重ねるシーンじゃないですしね。2回で納得のいくテイクが撮れました。やっぱり、岸井さんが凄くて──成田さんももちろん素晴らしいけど──ほんとオーバーにやらないんですよ。繊細な表情と声の震えで心の動揺を表現してくれて、OKを出した瞬間、芝居の見えない位置にいたプロデューサーが飛んできて、「岸井さん、全然動揺してない感じだったけど大丈夫? 耳だけの判断だけど」と不安がってて。観ればわかるけど、遠くでセリフだけ聞いていたら、まるで動揺してないように聞こえたらしくて。それで、逆にどれだけいい芝居をしてくれたのか、確信しました。
 
―― 最後にコンペ上映に寄せる期待をお聞かせください。
今泉:海外の作品と並んで、自分の新作が観てもらえるのは貴重な経験だし、コンペ部門での上映で作品を認知してくれる人も増えるので、大変期待しています。ハリウッド映画みたいにわかりやすくなくても、豊かな映画があるというのを感じてもらえたらうれしいです。
 
―― 監督の映画は笑えるけど切ないみたいな、一筋縄じゃ行かないところに面白さがありますからね。
今泉:恋愛も人生も答えがないから魅かれるんですよね。僕にはどうしても、現実世界と映画の世界を別物にしたくない思いがあります。現実世界ってあることを達成したら、すべての悩みが解決するということはない。ひとつ解決しても、根底にある悩みは消えないし、その方がより深いというか現実味があります。人間は解決できない、根源的な悩みを抱えている生き物なのに、映画の題材になる表面的な悩みを描いて、「ハイ解決。これでおしまい」としても説得力はない。映画で何かを達成しても、やっと一歩進んだ程度でしかでしかないんです。演技でも物語でも嘘は最小限で、少しでも真実味のある物語を届けたいと願ってます。
 

2018/9/25(火)虎ノ門ヒルズフォーラム
インタビュー取材・構成:赤塚成人(四月社・「CROSSCUT ASIA」冊子編集)

 


 
第31回TIFF コンペティション部門出品作品
愛がなんだ
愛がなんだ

©2019映画「愛がなんだ」製作委員会

監督:今泉力哉
キャスト: 岸井ゆきの、成田 凌、深川麻衣

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