2019年1月28日、フィリピンのロック・ミュージシャンで俳優のペペ・スミス氏が心臓病で亡くなりました。享年71。2014年の第27回東京国際映画祭では、「アジアの未来」部門に出品された『雲のかなた』の出演者として、ペペ・ジョクノ監督らとともに来日しました。
1947年、米軍基地に勤務するアメリカ人の父とフィリピン人の母の間に生まれたスミス氏は幼い頃からドラムに親しみ、1960~70年代には気鋭のボーカル&ドラマーとして「ピノイ・ロック」(タガログ語によるロック)の創成期を牽引し、ウッドストックのフィリピン版といわれる野外ロック・フェス「Antipolo Rock Music Festival」を主導して大成功に導きました。長身痩躯で眼光鋭い風貌から"フィリピンのミック・ジャガー"と称され、若くしてロック界のカリスマ的存在となりました。またスミス氏は日本のロック・シーンとの縁が深く、1970~72年には伝説のロック・バンド「スピード・グルー&シンキ」にボーカル&ドラマーとして参加。日本ロック界の草創期にも旋風を巻き起こしました。(当時は本名のジョーイ・スミスで活動。)
近年は俳優として若手監督の作品に出演。『雲のかなた』では両親を亡くして失意の底に沈む孫に寄り添う祖父という役どころで、厳しさのなかに優しさを潜ませた見事な演技で新境地を開拓。ブラッドレイ・リュウ監督の『墓場にて唄う』(大阪アジアン映画祭2016で上映)では主演を果たし、伝説のロック歌手ジョーイと彼のものまね歌手ぺぺという二役を一人で演じ分けました。自身の演奏シーンや過去の映像も挿入される自伝的な『墓場にて唄う』には、ラブ・ディアス監督(『立ち去った女』など)がマネジャー役で出演しています。普段からロック仲間として親しい二人ですが、酒場のカウンターで延々とロック談議にふけるツーショットの長いシーンがとりわけ印象に残ります。
2014年のTIFFでの思い出になりますが、ピノイ・ロックのレジェンドはいたって気さくなお人柄で、スタッフの誰もが一瞬でファンになりました。毎日の挨拶は「ハロー」ではなく、互いの拳をハイタッチして「ロケンロール!」というスタイルで、ロック魂に満ちた動作がこの上なくカッコいいのです。かつての日本のバンド仲間と再会するのを楽しみにしていたのを憶えています。
ペペ・スミス氏のご冥福を心よりお祈り申し上げます。
東京国際映画祭「アジアの未来」部門プログラミング・ディレクター
石坂健治