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コンペティション部門『
ホワイト・クロウ(原題)』レイフ・ファインズ(監督)インタビュー
ソ連出身の不世出のバレエダンサー、ルドルフ・ヌレエフが西側世界に亡命するに至った若き日を、ユニークな構成でスリリングに紡ぎだす。劇作家デビッド・ヘアーが脚本を担当し、名優レイフ・ファインズが監督。さらに教師役で出演もし、作品に深みをもたらしている。ヌレエフ役にはタタール劇場のプリンシパル、オレグ・イベンコを抜擢。圧巻のダンスシーンとともに、ファインズの指導のもと、瑞々しい演技を披露している。
――長年映画化を温めていた題材と聞きしました。映画化するまでの経緯をお話しください。
レイフ・ファインズ監督(以下、ファインズ監督):映画化を考えはじめたのは、20年ほど前のことです。ルドルフ・ヌレエフの青年時代の伝記を読んで心を動かされました。ギャビー(ガブリエル・タナ/プロデューサー)とは一緒に2本の映画を製作したのですが、彼女に「この題材をやるの、やらないの?」と迫られ、引き受けることにしました。
――脚本は『プレンティ』などで知られるデビッド・ヘアーが担当していますね。
ファインズ監督:私にとってデビッドとの関係は極めて重要なものでした。彼との会話から作品を具現化させていきました。作品の構造は、デビッドの提案でした。彼はパリのパートに興味を持ち、私はレニングラードの子供時代のパートに興味を持っていました。でも、パリのパートの合間にフラッシュバックが挿入されるような、よくある構造にはしたくなかったのです。混乱状態にあるかのようにタイムフレームが交錯していながら、秩序があって、見ていくうちに自然と亡命の瞬間に通じるような構造が面白いと思いました。脚本の初稿にはそれが強く表れていて、気に入りました。それが第一歩でしたね。
――この題材のどの部分に最も惹かれたのですか?
ファインズ監督:ルドルフの自己実現しようとする意志・精神に感動したのです。例えば、アートギャラリーに訪れて絵画からいろんなものを吸収しようとする飢え。踊ることに対する決意の強さに心を動かされました。しかも、背景には冷戦があります。彼は難しいけれども強い人柄を持っています。なにより、ここで描かれているのは、有名なヌレエフではありません。若き日のヌレエフです。そこが私たちにとっては重要なポイントで、私たちは「これから進化していく人の過程を見せたい」と思いました。
――時代背景も重要ですね。
ファインズ監督:イデオロギーを単純に表したくはなかったのですが、あの時代のソ連には個人ではなく全体として行動する、個人は全体のために仕えるというイデオロギーがありました。ヌレエフは個人的な人でした。彼の個人主義が体制と合わず、最終的に体制側が彼の人生を抑圧しようとするところまで至りました。彼の「自由になりたい」というシンプルなセリフにはすごく大きな意味があると思います。
――監督をされる時は、自分が演じる役のある作品を選んでいるのですか? あるいは、作品の中に自分が演じる役を作るのですか?
ファインズ監督:この作品では最初、出演は考えていませんでした。プーシキンの役は気に入っていましたが、ロシア人の役なので言葉の問題もあってストレスになるだろうと思い、演じることを拒んでいたのです。ただ、この作品の資金集めに苦労し、ロシア人のプロデューサーから「国際的に有名な俳優が必要。あなたがプーシキンを演じたら?」といわれ、決断しました。結局ロシアからの出資はありませんでしたが、注目を集めることには、少しは貢献できたと思います。今回は、感情的にも抑えた役なのも幸いしました。また、脚本や翻訳に深く関わっていたので、脚本になじみがあったのも助けになりました。
――この作品で主役に誰を選ぶかというのは、最も大事なことだったと思いますが、どのように選ばれたのですか?
ファインズ監督:ロシア中のバレエ学校やバレエ団を対象に、大規模なオーディションを行いました。オレグ・イベンコはかなり早い段階でオーディションに来て、体形もヌレエフに似ているので、ポテンシャルを感じました。素顔のオレグは、とても感じがよくて笑顔の絶えない好青年です。ただ、ヌレエフは相手を見下すような部分があるので、そういう要素をオレグの中で発展させていく必要がありました。実際のヌレエフは、あんな人物ではなかったと言う人もいるかもしれませんが、私はオレグがいい仕事をしてくれたと思っています。撮影初日、ルーブルの外でクロワッサンを食べるシーンを見た時、陳腐な台詞ですが、「カメラに愛された人」と感じました。
――ダンスシーンは作品の魅力のひとつですが、監督としてどう意識しましたか?
ファインズ監督:私にとってバレエは、大きな挑戦でした。私にはバレエの経験がないので、製作前に勉強しなければなりませんでした。限られた時間のなかで、ヌレエフや他のダンサーたちのバレエをたくさん見ました。最終的には、観客が見るものを画面に映さなければならないと感じました。それは人間の体と空間です。いくつか接近するアングルもありましたが、観客がダンサーを見る時には、全体を見ることを意識しました。どうにか撮影できて、ホッとしています。何晩も眠れない夜を過ごしました。
――今後はもっと監督をするつもりですか?
ファインズ監督:わかりませんね(笑)。来年は映画に数多く出演する予定です。監督業はとても大変な仕事です。だから、苦労をしてでもやりたいと思えるほどの興味を引かれるストーリーやテーマがあるかどうかが重要です。もし、それだけの決意があれば、資金集めやキャスティング、人を説得したりする苦労も乗り越えられます。今のところは興味を惹く題材がないので、見つかり次第考えます。
(取材/構成 稲田隆紀 日本映画ペンクラブ)